古事記の国譲り古事記にも登場する日本最古の神社の一つ諏訪大社。信濃国の一の宮です。もともと小説で読んで少し変わった儀式に興味を持っていたのですが、春に旅行した糸魚川の「奴奈川姫」(と大国主神)の子供「建御名方神」が御祭神ということで、いよいよ行くしかない、と。
しかし、軽井沢と諏訪は同じ長野県内ながら、高速道路がないため、普通道路を2時間くらい運転することになります。途中、峠を二つくらいは超えたような。平日昼間だったので、後続車も対向車も少なく、私の下手っぴな運転でもなんとか。行きは白樺湖を通りかかったのですが、標高1,300mくらいあるようで、もう紅葉がきれいでした(立ち止まって写真を撮る余裕はなかった😅)。
諏訪大社は上社・下社の二社が諏訪湖の南側と北側にあります。そして、それぞれのお社が二つの宮を持っているので、合計すると四つも宮があります。今回は「午後から晴れ」、の天気予報を当てに10時ころ家を出たので、全部まわる「4社参り」はちょっと厳しい。一番古いと言われている上社の前宮から訪ねてみることにしました。
上社・前宮
上社は御神体が「守屋山」。御祭神は「建御名方神」。もともとは自然信仰の場であったところに神様も入れちゃうとか訳分からん。諏訪大社は平安時代の文書「延喜式」にすでに名前があり、歴史は1,500~2,000年ともいわれるそうです。それだけ長い時間があれば、まあそいうこともあるでしょうということで。
前宮は鳥居をくぐっても民家があるようなところで、少し坂道を上っていくと「本殿」があります。さすがに歴史も古い信濃国の一の宮。苔むしています。雨上がりの平日ということもあって、簡素な中にも厳かな空気を感じることができました。
4宮の中で「本殿」があるのはここだけで、他の宮では「拝殿」に参拝するのだそうです。今回まわった3つの中で、この前宮が一番素朴で神社の原型を感じさせるお宮でした。





また、どのお宮にも「御柱」と呼ばれる大きな木が四方に立てられています。7年に一度、氏子さんたちが山から木を切り出して神社まで運ぶ行事は「御柱祭」というそうです。巨木に人が乗って坂を滑り降りるシーン、ニュースでみたこともあるのではないでしょうか。次は2028年だそうです。
上社・本宮
本宮は前宮からは車で5-6分。前宮より少し大きくて立派です。参道にお土産屋さん的なものもいくつか。お参りして、軽井沢の家用にお札も買ってみました。



茅野市神長官守矢史料館
ここは、下社の前宮と本宮の間にある史料館です。ここは諏訪大社の「奇祭」とも言われる「御頭祭」に関する展示や守矢家に伝わる古文書の展示があります。ちょっとだけなんですけど。
史料館の解説によると、「守矢家は中世より諏訪神社上社の神官の一つである『神長官(じんちょうかん)』を明治時代まで勤めてきた家柄」だそうです。色々見ると由来は諸説有りで、建御名方神が来る前から諏訪を治めていたのが、守矢氏の祖先である土着の神「洩矢神(モレヤノカミ/モリヤノカミ)」であるとか、仏教を巡って蘇我馬子に敗れた物部守屋の一族の子孫だとか。もともと「ミシャグジ信仰」というシャーマニズム的な信仰をもっていたようで、史料館の敷地にその祠もありました。



古文書というものは比較的新しく(?)武田信玄関係のものがメインだったように思います。諏訪地方は一時期武田信玄が支配してたのですね。知らなかった。
下社・秋宮
今回は時間の都合上、上社2つと史料館で終わりかな、と思っていましたが、帰り道ルート上に下社・秋宮はあったため、少しだけ寄ることにしました。こちらは神楽殿なんかもあって、太い注連縄が出雲大社を彷彿とさせます。



上社の二つより、少し華やかなイメージでした。夕方になってきていたので寄りませんでしたが、参道周りにもお店が色々あったようです。
諏訪湖
せっかく来たので湖も見ないと、と思い、少しだけ公園に立ち寄りました。なぜかブロンズの羊がたくさん居ました。湖の周囲は遊歩道が整備されていて、今の季節は散歩にも良さそうです。


諏訪大社はようやっと訪問しました。こちらの小説で「御頭祭」の話が出てきて、ほー、っと思っていたのです。諏訪は前に訪問した茅野(縄文のビーナスとかの土偶が出たところ)とも近く、色々と興味深い文化圏です。地理的には山梨にも近く、お土産屋さんには信玄餅もありました😶。


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